Un cane dell mia casa ~我が家の犬~ (犬名 ADAMANT OF BEAUTY DOLL FCI)
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Posted by りょう&muku
 
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友達わんこの   『死』
6月28日、mukuの親戚の麿君が虹の橋を渡りました。

悪性黒色腫という癌と闘いましたが、飼い主さんの思いも届かず、麿君は力尽きました。

前はよく麿君とmuku遊びました

mukuと仲良くしてくれました。

麿君の病気が発覚したのは、mukuが死んで間もなくでした。

先生からは1か月から2カ月と言われていたようですが、3か月麿君は大好きな家族の元で頑張り抜きました。

何とも言えない

命の大切さをしみじみと感じます。

小さくても、大きな存在だったmukuも死んで190日も経ちました

時間は毎日過ぎてゆく

悲しくても、楽しくても、辛くても、時間は過ぎていきます

mukuが死んだ当初は、組織救性肉腫を『遺伝』だと認めて欲しくて、いろんな機関に問い合わせたり、色々考えたりしていたけど、mukuの物だけじゃ無理だとわかり、東大の先生が研究していることに、安心し、今頃になって悲しさがきてしまってる

楽しく毎日を送っている、そう思うけどやっぱり、シーンとした家にいるとつい、考えてしまう

遺骨もまだ、家にあります。
やっぱり、あると悲しくなるからお盆、実家に帰った時、庭に埋めようと思います。

その方がmukuにも私にもいいと思うから

知ってる人がいて、少しでも賑やかなところの方が、寂しくなくていいと思うから

埋めることに、ようやく決心がつきました。

一緒にいた時間、一緒に過ごしたこの家で、もう少し私のそばに、って思ったけど

少しでも早く、土にかえしてあげることが、一番だと思います。

悲しい、悲しいと嘆いていても、ちゃ~んと時間は過ぎていく

mukuは死んでしまった、飼い主としては『後悔』というものが残る

癌になると、わかっていたら、もっといろんなものを食べさせてあげたかった
もっと、沢山走らせてあげたかった
もっと、いっぱい話しかければよかった
もっと、もっと・・・・・・・・・・・・本当にキリがない


そして、なんといっても病気に気づいてあげれなかった自分を責める

食べ物にも気を使っていたから、病気なんてならない
そんな安易な考えをもってはいけなかった

動物を飼うということは、本当に大変な事だと思う

飼い主として、どんな形であれ『最期を看取る』覚悟なく飼うもんじゃない

いい勉強にもなった

どんな病気になっても、最期までいつも笑顔で接してあげなければなりませんよね

子供のころから、犬との生活はあったものの、自分の手で初めて育てた犬がmuku

今まで居た犬よりも、断然可愛いに決まってるし、死んでしまった寂しさは計りしれない

mukuと呼んでも、もう側には来てくれない

飼い主であれば、『当然』とおもっていることが、ある日を境にそうではなくなる

ペットを家族だと思えば思うほど、辛い気持ちが重くなる

大事に大事に育てた、家族の最期を看取るのは本当に辛いです

9年という短い期間だったけど、mukuは私のそばで、私と共に年を重ね過ごしてきた

ここで、9年間生活を共にし、パートナーとし共に歩んだ日々

断然、楽しかったことの方が多かったはずなのに、いないだけで深い悲しみに陥る

いつか、近い将来犬を迎えた時
成長出来てる自分でありたい

命の大切さを身をもって教えてくれたmukuに感謝です

皆さんの温かい言葉、励ましの言葉、本当にありがとうございます。
感謝してもしきれないほどです。
ありがとうございます。

mukuの死で、何かしら思う事があれば幸いです。






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Posted by りょう&muku
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